大杉さんに聞きたいのは、やはりコロナ禍です。
シニアになって起業して、失敗すると、やり直しが効かないイメージがあります。
特に、コロナのような予測できない要因が一番のリスクです。
そのようなリスクにどう対応したのか、そしてそれをどう乗り越えたのか、
今回は語っていただきます。
コロナ禍で一番必要だったのは、チャレンジする気持ち
前回のインタビューでお話しした通り、2019年は研修事業が軌道に乗ってきたことによって、会社も開業以来、ずっと増収増益を続けて過去最高益となり、家計の収入としても会社員時代のピークを超える数字になりました。この年は3年連続、3冊目の出版となった『銀行員転職マニュアル』(きずな出版)も刊行されて、独立してから最も忙しい年となりました。
―すごいですね。ここから一気に飛躍していったんですか?
ところが、翌年の2020年1月以降、日本にも広がってきた新型コロナ感染症の影響がメイン事業である研修事業を直撃しました。
―これは最大の試練ですね。。。
対面での研修は3月以降の4カ月間、すべてがキャンセルとなり、その間は研修事業の収入がゼロになるという予期しない事態になったのです。実は4月上旬に決まっていたNHKへの2回目の出演も、収録日の前日に緊急事態宣言が出たことで、急遽キャンセルとなってしまいました。
この時ほど、フリーランスになってから「収入の複線化」をしてきて良かったと思ったことはありません。わずか1社に絞っていましたが、中小企業向け経営コンサルティングの仕事があり、毎月の収入は何とか途絶えずに済みました。空いた時間で私が取り組んだのは、個人向けコーチングの仕事と、YouTubeチャンネルの立ち上げです。
―キーワードは困難な時こそチャレンジですね。他の知り合いの起業家の方も、「困難な時こそ自分たちにチャンス到来」ということを話していたのを思い出します
2020年2月に、ブログで書評を書いてきたビジネス書を動画でも紹介するというコンセプトで、「大杉潤のYouTubeビジネススクール」というチャンネルを開設し、毎日YouTube動画を配信するということを始めました。2020年2月11日から7月11日まで5カ月間、毎日YouTube動画をアップし続け、150本の動画になったのです。
相変わらず、ブログも毎日更新してビジネス書の書評を公開していました。研修登壇がまったくなくなったのでできたことですが、ブログとYouTubeの毎日公開はさすがにハードワークで、胃腸炎など体調を崩してしまいました。ただ、この5カ月間にさまざまな試行錯誤を繰り返したことが、のちに大きく花開くことになったのです。
―具体的に教えていただけますか?
ひとつは、YouTube動画の収録を150本も続けたことで、パソコンの画面に向かって、分かりやすく、表情豊かに、感情をこめて話すというスキルが飛躍的に高まりました。これが、7月下旬以降に開始した「オンライン研修」にとても役立ったのです。提携しているメインの研修会社では、感染症対策としてすべての研修プログラムをオンライン対応できるように開発を進め、Zoomの使い方など、運営マニュアルの整備や必要な設備投資を行っていました。研修会社の社長から、「大杉さんも本気で研修講師を続けたいなら今後はオンライン研修をメインにして投資をしていく必要がある」とアドバイスを受け、すぐにオンライン対応のための投資をしました。
Zoomの有料アカウント開設のほか、ヘッドセットの整備、自宅Wifi強化やバックアップのポケットWifi導入などです。さらに、オンライン研修では、パソコンが生命線で、通常、パワーポイントのスライド投影用のPCをメインに、横にもう1台PCを並べて、受講者の反応や表情を見ながら2台のPCで研修を進めていきます。PCトラブルがあった場合の緊急対応用として、さらにもう1台、3代目のパソコンも用意して待機させています。
―先行投資を思い切ってされたのですね!
はい。 私の場合、これを埼玉の自宅と伊豆の事務所の2箇所で可能にするため、PCは最新式のものを計6台稼働させています。ウイルスソフトもその分だけ必要だし、そのほかにiPhoneは2台持ち、YouTube動画の編集用とリアル会場での戦略研修用にiPadも備えています。最初はPC数台を持って埼玉と伊豆を往復していましたが、頻繁な移動で体力面、リスク管理上の問題があり、それぞれの拠点に3台ずつ揃える体制にしました。
―他にはありますか?
2020年の感染症拡大の最中にもう1つ取り組んだこととして、4冊目の出版準備がありました。前年9月に、私が応援する神保町・ブックハウスカフェで開催をプロデュースした起業家仲間の荒井智代さんのデビュー作『1日30分からはじめる はじめてのeBay』(自由国民社)の出版記念パーティーで、出版社の営業担当をしていた三田智朗さんを紹介されたご縁で始まりました。
―懐かしいです!大杉さんの本ではずれを作らないようにめっちゃプレッシャーでした笑
翌年に営業から編集へ異動になった三田さんから声を掛けていただき、一緒に出版の企画書を作っていくことになりました。
三田さんは私の2冊目の著書『定年後不安』(角川新書)を読んでくださっていて、定年世代だけでなく、その子供たちの世代にもぜひ読んでほしい内容だと言っていただきました。私自身も、『定年後不安』では世の中の動きは幅広く伝えられたものの、自分自身の起業体験やそこに至るまでの経緯、起業後の事業の状況などを書くことができなかったので、より実践的な内容で、定年世代の働き方や人生設計について書いてみたい想いがありました。何度か二人で議論を重ねる中で出来上がったのが、「定年ひとり起業」という新刊書のコンセプトです。
―親がイキイキすれば、我々も安心できますからね! そして、それをみて自分たちの老後も描けます。それは自分の子供にも将来安心感を与えることにもなりますので!
この本も『定年後不安』の実践版として、最初から研修プログラムにしていくことを念頭において執筆しました。まず、日本の公的年金制度がどうなるのかという予測から始まり、自分の年金について正確に現状を把握する方法を自らの経験も交えて具体的に紹介・説明しました。さらに、定年前後のタイミングで、定年再雇用、出向や転職以外の選択肢として、リスクを取らない起業として、「定年ひとり起業」というコンセプトを提案し、自らの経験・ノウハウをすべて公開しました。
「定年ひとり起業」は、人も雇わない、事務所も借りない、もちろん借金もしないで、年金プラスアルファとして月5~10万円を目指すスモールビジネスを立ち上げるというものです。将来の厚生年金をしっかり確保した会社員が、子どもの教育費負担が一段落したタイミングで、リスクを取らずに、ひとりで事業を立ち上げ、好きな仕事を選んで「長く働き続けること」を最優先にして働くというライフスタイルです。
―大杉さんのち密な戦略と、パッションを感じた原稿でした。10年早ければ確実に父親に読ませてましたね!笑
起業はリスクが大きく誰でも出来るようなものではないと考えて尻込みする会社員が多いのですが、実はそんなにハードルは高くなくて、やり方さえ分かればやってみたいと思っている会社員が思いのほか多いことが分かりました。日本の大企業に勤務する会社員や公務員の人たちは、再雇用制度や天下りの仕組みに守られていて、そこから飛び出して起業する人はほとんどいないため、ロールモデル(手本)となる先輩や先駆者が身近にいないのです。
ただ、これまでの雇用の延長ではなくて、自ら好きな仕事を作ってできるだけ長く現役として働きたいと心の奥底では考えている方もまた多いことを感じていました。そんな人たちもとに新刊の『定年起業するならこの1冊!定年ひとり起業』(自由国民社)が2021年3月に届くことになりました。
―「新しい選択肢として、シニア世代に届けたい」そんな思いで編集させていただきました。そして、将来の自分にとっても教科書です。後ろ向きになったらこの本を作ったことを思い出して、頑張れますからね
発売直後からこの本は大きな反響を呼び、数多くの定年世代の会社員の方々に読んでいただき、実際に何人もの読者の人生を変えてきました。定年ひとり起業をする人が続出し、私と同じように「妻が社長の合同会社」を立ち上げる方が何人も出てきました。
新型コロナ感染症はなかなか終息に向かわず、書店での販売環境は厳しい状況が続きましたが、文化放送のラジオ番組『ロンドンブーツ1号2号田村淳のNEWSCLUB』に呼んでいただいてゲスト出演したり、新しい研修プログラムが出来上がって好評を博したりして、ビジネスも順調に伸びていきました。
―今でも売れ続けていて、4刷がこの間決定しました
「定年ひとり起業」という新しい働き方が世の中に広まっていくにつれて、読者からの声や講演・研修に参加した方々からの感想として、「定年後のマネープランについて詳しく知りたい」という要望が大きくなってきました。そうした声にお応えする形で、ちょうど1年後の2022年3月に、私にとって初めてのシリーズ本として、『定年ひとり起業』の続編となる『定年ひとり起業マネー編』を出版しました。4月には年金の受給を75歳まで10年間繰り下げることができる改正年金法が施行され、老後資金について大きな注目を集める時期でもありました。
―「定年ひとり起業」シリーズで訴求することでより多くの人に多くのソリューションを提供できますから。
シリーズを作ってみて、改めて実感しています。1冊だと棚から入れ替わってなくなってしまうこともあるのですが、シリーズだと2冊まとめておいていただけますし、起業、マネーの悩みをまとめて読者に届けられる。シリーズはいいですよね。
そして、私はもともと銀行員だったので、マネープランや投資についてはプロフェッショナルです。これまではキャリアプランを中心に情報発信をしてきましたが、今後はマネープランもキャリアも含めた定年後の人生設計全般を扱うように、研修プログラムもバージョンアップしました。
今思い返すと、新型コロナ感染症というピンチを転機として、YouTube動画という新しい発信ツールにチャレンジして「オンライン研修」を伸ばすことができ、さらに『定年ひとり起業』シリーズという代表作を世に送り出すことができました。まさに、「ピンチはチャンスだ」と改めて心に刻んだ次第です。
―大杉さんからそのお話をきけて、私も嬉しいですね
また、2019年には伊豆に執筆の拠点として個人事務所を構えることになり、主にYouTube動画の収録とビジネス書の執筆を行ってきました。たまたまパンデミックが発生する前に二拠点生活(デュアルライフ)を開始していたのですが、感染症がピークの時には、伊豆に拠点を持っていることでずいぶん助かりました。
「なぜ伊豆なのか?」という質問もよく受けるのですが、『伊豆の踊子』を執筆した川端康成にあやかって、伊豆の温泉宿に滞在しながら作品を産み出してみたかったというのが発想のきっかけです。何しろ日本人で唯一のノーベル文学賞受賞者ですから。ほかにも遠藤周作や志賀直哉など、伊豆の温泉宿を好んで執筆活動をしていた作家は数多くいます。私も実際に海を眺めながら毎日、温泉に入って執筆をしていると、この場所はクリエイティブな仕事をするにはほんとうに向いている場所だなあと実感します。さらに東向きのバルコニーからは海の向こうに伊豆大島が見えて、そこから上がってくる朝日が、ワイキキビーチにあるホテルから見える「ダイヤモンドヘッドから昇る朝日」にそっくりなのです。大好きなハワイにいる感覚にもなれる伊豆の拠点は、私にとってとても居心地のいいリラックスできる空間です。
―いいですね。大杉さんにはシニアで好きなことをやると、いいことがあるということをこれからの日本のために発信していってほしいです
ありがとうございます。次回の最終回では、まもなく起業8年目に入り、いよいよ65歳となって「高齢者の仲間入り」をするにあたって、今後の事業の展望についてお話しします。